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一億総白痴時代

日本経済が大混乱に陥ろうとしている.その原因が最近私には透けるように見えてきた.

問題は人にある.日本人自身が問題だ.日本人の劣化こそが問題だ.どのように劣化したのか述べる.

かつて,一億総サラリーマン時代と言われたことがあった.日本人の全員がサラリーマンになってしまった.それが転じて,今,一億総白痴時代となったと思う.これを読むあなたこそがほとんどみんなサラリーマンだろう,と思うならあなたも一億総白痴のひとりである.

詳しく述べていこう.

3つの小話から.大蔵省から天下り,とある銀行で10年頭取をやり,過去の例に従い,退職金を1年で2千万,だから10年では2億円だと算定し,銀行も彼に2億円の退職金を支払った.今,退職金の返還等でもめている.今の日本でどこにでもありそうな話だ.また,銀行に公的資金が投入された.そしてら,そのまま職員にボーナスを支払った.これもよくある話だ.もう一つ.札幌市,函館市,旭川市など道内都市で,市職員退職年齢が65歳まで引き上げられた.一方で,悪化する財政に苦しんでいる.これも,今の日本ではどこの地方自治体でも陥っている珍しくはないパターである.

これら3つの小話の共通点を探ってみよう.

銀行の頭取は経営者.ここ10年の銀行の経営は殆どの銀行において失敗である.経営者が経営に失敗したら退職金なんか出るはずがないと言う基本的なことが,この銀行もこの頭取も分かっていない.また,投入された公的資金でボーナスを配ってしまう銀行.どこの銀行でもそうしている.ボーナスは大体慣例で基本給の4-5ヶ月と言うことになっている.それをそのまま公的資金をもらい配ってしまう.そもそもボーナスというものは給料のおまけのようなものであり,会社,企業の業績が良くなければその財源もなく,支払われるわけもないと言うことを,この銀行も銀行員は分かっていないのである.公的資金を受けると言うことは,これが返せなければ国有化されてしまうと言うことに関して誰も危機感がない.このふたつは,ボーナスとは何なのか,退職金とは何なのかと言うことを分からない人間が本当にたくさんいるという例としてあげた.

 次に,退職と言うことについて述べてみよう.かつての国鉄の退職年齢は55歳であった,最近は寿命が延びたので60歳を定年としているところが多くなった.上に例としてあげた市のように65歳を定年としているところもある.しかし,定年を○○歳として,職員全員がその時まで働くことができる職場とはどこにその財源があるのだろうか.仕事という面から人間の人生をみると,人間というものは40歳前後がもっとも働くことができる.そして50歳くらいから体力がなくなりだんだん仕事の能力が落ちてくる.とすれば,企業にとって50歳以上の人間をやめさせて,若い人間を雇った方がずっと良いのである.いや,財源がなくなればそのようなことをせざるを得なくなる.50歳以上で企業に残ることができるのは,企業の幹部,あるいは,マネジメントにたけている人,その企業にとって無視できないほどの大きな功績を立てた人だけであろう.上記の例であげた,道内の市が財政が悪化しているのにかかわらず,退職時年齢を上げたというのは全く矛盾することなのだ.そのような常識的で簡単なことがこれらの自治体の役所の人は分かっていない.

 分かっていない集団の例として,銀行や役所をあげた.しかし,今の日本人,簡単なことが分かっていない人が本当に多いのではないか.平均寿命が延びたから定年の年齢を上昇させるのは当たり前,定期昇給,ボーナス支給は当たり前,ということを何となくそれが常識だ,というふうに感じている人が本当に多いのではないか.

 これらは,収益が確保されて初めて可能なものなのである.収益が確保されなければ,ボーナスなど出ようはずがない.定期昇給は長期に人を企業に勤務させるためのもので,企業にとって有益な人にしか適用されないものである.50代の人間を雇う経費で,20代の人間を3人雇うことができるとすれば,その様にした方がよい.終身雇用制はすでに崩壊し始めているが,いまだに,まじめに勤めていればくびを切られることはない,と無邪気に信じている人は多い.50歳以上になっても職場に残ることのできる人とは,そのくらいになっても若い人に負けないくらいの体力とスタミナを有している人,企業に莫大な貢献をしてきたか,あるいは,マネジメントにたけていて,幹部になったものだけ,というふうにこれからは思っていた方がよい.

 日本経済がいつ再生するかと待ち望まれて久しいが,ここで述べた常識が日本全国に行き渡ったときが再生するときであると考える.しかし,まだまだだろうね.小泉は「日本初の金融恐慌を起こさない」と私が述べた常識が行き渡っていない銀行に公的資金をまたつっこもうとしているし,財源もないのに声高に「9430kmの高速道路は絶対に作ります」という政治家が大手を振っているようではだめだ.

 日産の業績が悪化しルノーにその経営権を渡し,ゴーンがやってきた.彼のやってきたことは,単なるくびきり,人減らしだけである.しかし,それによって,日産の収益はあがった.どんどん職員を解雇し,工場閉鎖を断行するゴーンに対して,日産の労組は抵抗したりもしたが,もはや自分たちが無力であることを自覚させられるだけだった.人減らしは経費を節約することになるが,どんどん職員が解雇されていく過程で,旧日産職員は企業が収益をあげることができなければどうなるかという現実に気がつかされたのではないか.

 今後,大幅なリストラが行われるだろう.それは,今のような希望退職者を募るとかその様な甘いものではない.希望退職者を募ると良い社員から辞めていくという現実がある.これからは,一片の通知でどんどん首切りが行われるだろう.また,大銀行,大企業の倒産も今後続出するであろう.しかし,それは社会に「日本初の金融不安を起こす」とか言われるほどの影響を与えないだろう.だめな企業がつぶれてゆくのは世の常だし,それを無理に生かすと社会全体がおかしくなる.それが今の日本の状況である.90年代初め,景気回復と称して大型の公共投資を行った.ゼネコンを救済するためである.景気は回復せず,単なる金のばらまきに終わり,これは失敗した.その次は,銀行を救済するため公的資金を銀行にくれてやり,その迂回融資によってゼネコンを救済することをはかった.これも失敗した.そして膨大な借金だけが国に残った.今後の大増税は必至だし,消費税のアップも必至だ.今回の医療改革も結局は,改革ではなく医療費の値上げというある意味での増税である.これらのことがまた人の消費を細らせる.

 しかし,小泉はまた,日本初の金融恐慌をおこさない,と叫び,意味のない銀行への公的資金を強行しようとしている.このようなことが行われ続ける限り,不況は広がり,土地も株も下がり続けるだろう.

 しかし,基本的なことの理解,つまり,繰り返すが,自分の勤めている職場や企業の業績が上がらない限り,定期昇給も,ボーナスも期待できないということ,また,早期退職,リストラは避けられないと言うことが政治家はもちろん日本人ひとりひとりが共感できれば,この不況はきっと克服できるだろう.

(平成14年2月7日)

神様からの贈りもの           このホームページの主題です

家族って何なんだ?  子どもって何なんだ?


雑踏の中で私たちは考えることもなく,日々をいそがしく過ごしてしまいます.


しかし,子どもが「おとうさん.おとうさん」と言いながら,
愛くるしい笑顔で近寄ってきてくれるのは,小さいうちだけ,ほんの数年間です..


時は流れ,ひとたび大きくなれば,もう私たちに無邪気なほほえみを見せてはくれません.


このひとときは,神様がわたしたちに与えてくれた ささやかな贈りもの.


アメリカ大陸・・・大きく美しい景色のかたわらで,
子どもたちの笑顔が,大地をわたるさわやかな風にゆれていました.


このとき,わたしたちはたしかにしっかりと神様からの贈りものを受けとっていました.


American Journey with Small Kids・・・生きいそぎがちな人たちへの
わたしたちからのメッセージです.

(平成12年5月21日)

十勝のうまいもの その1  十勝漬本舗  手造りの漬け物屋

 店主のこだわりと自信があふれている店を訪れること・・・それは客にとってすばらしい体験である.

 そのような店のひとつが,十勝平野の西の端,日高山脈のふもとの小さな街,新得町にある.

 漬け物の専門店であるのだがここは半端ではない.ドアを開けると大きな机の上に試食用の漬け物が30皿ほど並んでいた.

 それを試食していると,店の人が口直しのお茶を出してくれる.しかも,子供にはぬるいお茶を出してくれると言う気の回りようだ.

 もちろん試食した漬け物は皆,美味であった.ついついたくさん試食してしまったが,同時にたくさん買ってしまった.

 気分のいい店だ.たくさんの漬け物を抱えて,得をした気分で店をあとにした.

平成12年4月15日

店構えは何気ないものだが....国道38号線沿いにある.

約30種類の漬け物を自由に試食し,楽しむことができる.どれもおいしかった.

口直しのお茶も用意されているのがうれしい.

死してのち この世に残る ホムページ

 ホームページとはこれは実によいものができたものだと思った.何がよいといっても,自分の書きたいことを書いて,それが不特定多数の人に見てもらえると言うこと,また,ずーと永続的に残るであろうと言うことである.

 人間,死んだ後一体,生きた証としてこの世に何を残せるだろうか?
 かつて,太平洋戦争中の神風特攻隊員たちは出撃前夜,大地を爪で何度もかきむしったという.大地に自分の足跡を,自分の生きていた証を残そうとしたのである.
 また,自分史を書く人もいる.これも自分の足跡をこの世に残す努力のひとつであろうが,しかし,大方の場合は50部か100部を自費出版し,友人に配り少しばかりの話の種となるだけであろう.

 考えてみると今までは大多数の人間は何も残していない.実際,何も残すことができない.わずかに偉大な小説家,画家,学者,音楽家等のみが自分の業績を語り継がすことができるのみであった.

 しかし,ホームページは違う.これをひとたびアップロードすれば,全世界の人に継続的に自分の考え方等を見てもらうことができし,手軽に検索できる.

 つまり,自分の考えを全世界に発信できるという意味で,ホームページを使えば自分があたかも夏目漱石にでもバッハにでもピカソにでもなったかのような陶酔感を味わうことができるし,自分の足跡をとりあえずはこの世に残すことができたかなという,満足感を味わうことができるという点で,革命的な「しろもの」であろう.

(平成12年2月27日)

 

氷点下24℃の衝撃

 札幌から石勝線で約2時間半,帯広に到着した.帯広到着は夜中の11時.帯広駅のドアを開けると札幌と同じ北海道でもそこには全く違う世界があった.


 今日は大寒.駅前の電光掲示板を見ると「-24℃」.札幌はせいぜい-5度くらいのものだったのにだ.

 すべてが凍てついていた.錯覚だろうか,あまりの寒さに地面から湯気があがっているように見えた.寒さが湯気のように見えるのかもしれない.いや,湯気など本当はたちのぼっていなかったのかもしれない.あまりの寒気に,からだが本能的に殺気を感じ取り,それが湯気のように見えたのかも知れない.

平成12年1月29日

帯広の氷祭り(1月下旬)

帯広市内の全小学校の3,4年生が3000個の雪だるまを作った.夜になるとそのひとつひとつに灯がともり幻想的な雰囲気を醸し出す.

駅前の表示板は-24℃を示していた.

夜の帯広駅前

文化的創作的活動のエネルギー源について       

 人間うまくいかないことがあると発憤するものだ.


 人間を成長させるものはうまくいかないこと,すなわち,失敗に伴う悔しさであると思う.


 何もかもがうまくいったら,というか,うまいことと言うのも我々,一般の人間にとって実は大したことではない.つくづく人間というものはある意味で望みの低い動物だ.つまり,人間は,女性がそばにいてうまい飯が食えればそれでとりあえず満足してしまう.女性のレベル,デートのシチュエーション,飯もそれぞれ上質のものを求めればきりがないし,無限に金がかかる.たとえば,今すぐに藤原のりかみたいな女性とマンハッタンの一流レストランで食事をしたいとか...まあ,それは相当難しそうであるが,ここでの話はそこそこ普通のもの,と言うレベルでの話だ.


 だから見よ.俺くらいの歳の男どもを...みな,奥さんと子供がいないと,ふやけた顔で酒ばかり飲んでいる.いても飲んでいるが.俺くらいの歳の人間だけではないぞ.若い高校生でもふやけている奴はふやけている.


 だから結局何を言いたいのかというと,たまには失敗してみるのも良いということだ.すると悔しさが湧いてくる.そうすると,それがエネルギーとなりやる気が出てくる.例えば,ホームページを大幅に更新しようと思ったり,書きかけの論文を仕上げてしまおうと思ったり..


 こんなホームページを作るのだって本当は大変なんだぞ.コンピューターゲームをやめて,酒の量も控えめにして,気を引き締めて何ヶ月,何週間もかけなくてはいけないのだ.


 今日,失敗した.どうしても自分にままならないことと言うものがあるものだ.そのようなことがあると,というより,そのようなことがあって初めて人間というものはいわゆる文化的な創作活動というものにエネルギーをとうとうとそそぎ込めるのだなと言うことを,今日実感した.

平成12年1月9日

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