手術をせずに腱鞘炎を治すことに全力を尽くす
私は腱鞘炎の治療はなるべく手術をしないで治すことを信条としています.
腱鞘炎の患者さんに対しては,上肢の渦流浴,半導体レーザーなどを用いて,患部の血行改善,瘢痕の除去を行います.
私が診察してから,少なくとも1ヶ月はこのような治療を行います.
このような治療を続けても症状が改善しない人に対して,手術療法を検討してゆきます.
半導体レーザー
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渦流浴
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手術療法の結果はどのようなものか?
さて,それではどのくらいの割合で手術をせずに腱鞘炎というものは治るものなのでしょうか.
過去の文献でも,私の経験でも8割から9割の人が手術をせずに完治します.
それでは手術は危険なものなのでしょうか.手術は小規模な手術で入院の必要はありません.世の中に危険性のない手術というものは存在しませんが,腱鞘炎の手術は整形外科の手術の中でも成功率の高い手術の一つで,高い満足度が得られる手術です.
音楽家にとっての手術療法
ただし,音楽家の場合はどうでしょう.ドイツのアーヘン音楽大学,ギター科教授の佐々木忠氏は,腱鞘炎をわずらい7年間まったくギターを弾かず,ハリや灸で治療したという話を聞いたことがあります.音楽家の方は,腱鞘炎を手術するともう楽器は続けられない,と信じている方が多いようです.
私は,当たらずしも遠からじ,と思います.すなわち,楽器をやり腱鞘炎となる原因は,明らかに指の使いすぎなんです.私の知っているギター弾きが腱鞘炎となりました.彼は当時大学生で,大学生の特権で時間だけはありますからとにかく起きている間はずっとギターを弾いているのです.一日10
時間以上弾いていました.すると腱鞘炎になり,治療のため手術を受けました.しかし,手術をした後もしばらくするとまた,同じようにギターを弾いていました.いや.彼なりに少し控えて,一日8時間くらい弾いていました.すると,また,指の調子が思わしくなくなってきました.
いわゆる,音楽家が手術を受けても腱鞘炎が治らないと言うのは,指の酷使をし続けるからです.
では,どのくらい指を使い続けると腱鞘炎になるのでしょうか? これはすごく個人差が大きいので明言はできません.ただし,一日中,弾いているのはナンセンスだと思います.個人差が大きいと言うことを承知であえて言うならば,私は,楽器を使った練習は一日4時間前後が限度だと思います.コンサート等が近いなど特別な場合でも6時間前後にしておかなければならないと考えています.
あのギターの神様,フランシスコ・タルレガでさえ,ギターを弾く練習は午前中の4時間くらいで,午後は編曲や作曲に取り組み,また,夕食後は友人らとギターを軽くつま弾いたり,友人の演奏を聴いたりしていたそうです(「ターレガの生涯」プジョール著 現代ギター社).
Francisco Tarrega (1852 - 1909)
腱鞘炎の症状が出たら練習を減らす その分イメージトレーニングをする
中1の女の子で左腕を机から落ちて強打して私の外来にやって来ました.左手を痛みのため動かすことができませんでした.また,なお悪いことに1週間後ピアノのコンクールがあるそうでした.とにかく,ピアノを弾くことができないので,徹底したイメージトレーニングをするようアドバイスしました.結局,前の日にやっと少しだけ練習ができたそうですが,コンクールでは,入賞し,おまけに左手がすばらしい,とほめられたそうです.
楽器をやる人でもスポーツをやる人でも,怪我等で練習ができなくなったときには,イメージトレーニングを徹底的にやるべきだと思います.そうすると普段そのようなことはしていないわけですから,逆に大きく伸びるきっかけになることが多いようです.「怪我の功名」ということは本当にあるんです.
つまり,音楽家の腱鞘炎の手術治療の効果と言うことに関して言えば,イメージトレーニングや運指や音楽そのものについて考えることに時間を振り分け,今までの指の酷使をやめると,手術療法は十分に効果のあるものだと考えています.
それよりも,指が痛くなってきたら,練習方法を考え直し,姿勢等のチェックを入念に行い,きっちりとリハビリ等の治療を受け,未然に腱鞘炎を防ぐことが第一であろうと考えます.
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